デウィ・スリ楽団

今年2011年、バンジャール・カラー地区で
「サンガル・デウィ・スリ」
という名前のグループが創設されました。

デウィ・スリは、稲の女神の名前です。

このグループは、スマル・プグリンガン楽器を所有しています。
週に2~3回、タガス村トゥピ・サワー・グループに楽器を置いて練習をしています。

子供から若手、成人までの音楽家と舞踊家で構成されたグループに
f は、楽団の演奏家として、
また m も、グループの舞踊家として参加しています。

Sanggar Dewi Sri BTS
Dewi Sri

スマル・プグリンガンの古典楽曲やレゴン舞踊の伝承に何かしらの手を貸したい
という夢を持っていたプリアタン村バンジャール・カラー地区出身の芸術愛好家イ・ニョマン・スメルタ(I Nyoman Sumerta)氏が、
最初に、イ・マデ・スカンダ( I Made Sukanda)氏と一緒に、
プリアタン地区の芸術家に声をかけてスタジオを興し
サンガル・デウィ・スリという名前のグループを作りました。

誕生したばかりの新しいこの楽団は、まだ知名度もなく、経歴もありません。
しかし、似たようなヴィジョンを持った芸術家が集まったため
結成の後には、すぐ、地元プリアタンに伝わる古い曲を掘り起こして
次々とレパートリーとして習得をすることができました。

サンガル・デウィ・スリ楽団では
すでにプリアタン周辺で活動している数々の地元の楽団と互いに連携して、
芸術の村としての知名度を、より高めていきたいと話しています。

バリ島内には、独特のレゴン舞踊を伝承している地域が数多くありますが
その中にあって、プリアタン村が
「Home of The Legendary Legong」
と呼ばれるくらいになるまで、活発な芸能活動を
地域の楽団と一緒にすすめていければと、模索しているところです。

このグループに参加しているメンバーには、古いプリアタン世代の芸術家の血をひく、次世代のアーティストが数多く含まれています。

イ・マデ・ルバー(I Made Lebah 音楽演奏のマエストロ、音楽を指導する師でもあり、1930年代にバリ芸能を国際的に有名にした作曲家コリン・マックフィーのコンサルタントとしても活躍)、イ・ニョマン・レゴグ(I Nyoman Regog :音楽指導者、1960年9月からバリ島芸術高校KOKAR創立時に音楽教師としてガムランを教えた)、グスティ・コンピアン( Gusti Kompyang )
などといった、プリアタン出身の芸術家を父や祖父としています。
ただ子孫であるというだけでなく、それぞれ既に地元で活動しているアーティスト達です。

Sanggar Dewi Sri BTS
Barong Black & Silver

舞踊の直接指導役として
イ・マデ・プトラ・ウィジャヤ( I Made Putra Wijaya )氏と
マユミ・イノウエ(mayumi inouye = m )が舞踊指導者(プンビナ・タリ)に指名され、
現役の舞踊家として活動しながら、サンガル・デウィ・スリの舞踊家後継者の指導と育成にあたっています。

なお、グループの舞踊スタイルに対するお目付け役として
同じく舞踊家として現役で活動しているマエストロの
ニ・ニョマン・スリアシ(Ni Nyoman Sulasih、愛称:ルー・マン=Luh Man)氏と、
ニ・ワヤン・スリアティ(Ni Wayan Sriati、愛称:ルー・マス=Luh Mas)氏が名前を置いています。

彼女たちは、プリアタンのレゴンの師匠として尊敬されていたグスティ・マデ・センゴグ(Gusti Made Sengog)氏の弟子として、1960年代から舞踊の指導を受けてきました。

所属する踊り子も、演奏者同様 子供から若手、成人までの舞踊家で構成されています。

再生リスト(YouTube) : Dewi Sri

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